楽しさいっぱいの求人

男女雇用機会均等法は、平等法として相当程度充実してきた。
残された課題は、結果的に女性の差別を固定化することになる片面的強行性の解消と、欧米諸国の法律にあるように、ポジティヴ・アクションをより具体的に規定することである。 男女雇用平等については、女性の差別禁止とともに女性の保護規定のあり方が常に議論になってきた。
労基法は、女性を特別の保護の対象として、一方では、時間外・休日労働や深夜業あるいは危険業務等についての禁止規定や制限規定を設けていた。 また、他方で、産前産後休業や生理休暇、あるいは育児時間の保障等の母性の保護規定をおいてきた。
しかし、女性労働をめぐる国際的な場では、母性保護規定は充実させるべきであり、そのかわりそれ以外の保護規定は、かえって女性の職場進出を妨げるものであるとして、その廃止の方向で議論されてきた。 労基法の労働時間規制の建前は、1日8時間労働であるから、これをきちんと遵守すると労働生活と家庭・社会生活の両立はかなり可能となるはずである。
1日8時間労働制は、1日24時聞を3等分して、3分の1が労働時間、3分の1が安息時間、残り3分の1が通勤、食事、その他の私的生活のための時間となる、という考えを前提にしている。 しかし、男性を中心としたフルタイム労働者については、長時間労働や年休の不完全取得が常態化しており、家庭・社会生活より労務管理上の必要性を重視する時間外労働命令や配転命令に関する最高裁の判例法理、そして伝統的な性別役割意識により、家庭・社会生活から疎外されている。
また、家族がいる女性については、ほとんどの場合一方的に家族的責任を負っており、就業の機会はパートや派遣労働に限定されるなど、労働生活から疎外されている。 1981年に採択されたILO156号条約は、社会的に作られた性別にとらわれない立場から、育児・保育、介護といった家族的責任を負う労働者が労働生活との調和を図れるような措置を講ずることを各国に求めた。

これを受けて日本でも、1985年の男女雇用機会均等法に育児休業の規定が登場するが、その付与はあくまで使用者の努力義務にすぎなかった。 1991年にようやく労働者の権利を定めた育児休業法が制定され、1995年には同法の改正として育児・介護休業法が制定された。
こうした法政策の発展は、制度の性に対する中立化を進めてきた。 その結果、労働者は仕事中心の生き方か家庭中心の生き方かについて選択することが求められるようになった。
1985年の男女雇用機会均等法は、女性差別の点で不徹底であった反面で、労基法の時間外労働や深夜業に関する女性保護規定の廃止の点でも不徹底であり、このことが立法当初から批判されていた。 しかし、母性保護を除く女性保護規定については、将来は撤廃されるべきであるが、現実に女性が家事や育児という家庭責任を重く負っていることを配慮して、そこに保護規定の現代的意義があるとされた。
その結果、時間外労働や深夜業に関する女性の保護規定は、若干規制が緩和されたが、基本的に残されることになった。 当時の日本の労働時聞が、欧米諸国と比較してかなり長かったことや、育児休業法が制定されていなかった、といった事情も影響したと考えられる。
1997年の労基法改正によりこの保護規定が全廃された際に、その是非をめぐって激論が戦わされた。 すなわち、一方の論陣は、女性の保護規定の存在が女性の積極的な職場進出・雇用を妨げているのであるから、これは廃止すべきであるという。
他方の論陣は、これに強く反対する。 女性保護規定の存在が男性の差別になっていることは認めるが、両者に共通の厳格な労働時間規制がない段階では、女性保護規定を撤廃することは決して男女平等につながらない。
したがって、こうした男女共通の厳格な規制がなされるまで、女性保護規定の撤廃は延期すべきである、というのがその理由である。 なお、即時廃止論の主張も、決して一様ではなく、男性に適用されていた規定の手直しについて何ら言及しない意見と、それに手を着けるべきであるという意見の対立があった。
後者の意見では、現行の労働時間規制では女性は男性並に猛烈に働かなければならず、それは決して望ましいことではない。 むしろ、現行の規制を女性の規制に近づけるべきであると主張された。

以上の議論は、雇用のあらゆる分野で男女平等が実現されるべきであると考える点で一致するが、女性のおかれている現状との関係で、そのための戦略をどのように立てるかで意見が分かれていたのである。 法戦略として、男女共通の厳格な規制→女性保護規定撤廃、という流れが適切と思われるが、1997年の労基法改正では、男女共通の厳格な労働時間規制は実現しなかった。
ただし、1998年の労基法の改正に際し、従来三六協定届出の際の労基署におけるチェックの目安とされたものが、政令上の根拠が与えられ、また、激変緩和措置として、従来時間外労働規制があった者で、育児・介護を行う者について、時間外労働を年間150時間未満とする措置がとられている。 議論はいまだ終息しておらず、時間外労働や深夜業について、今後さらにどのような男女共通規制を設けるべきかという議論へと発展している。
日本の長時間労働はかねてから問題視されていたが、とくに1980年代には外国から社会的ダンピングとして批判の的になり、それが最も大きな契機となって労働時間の短縮が重要な労働政策課題として姐上に載ってくる。 そのためにとられたのが、法律の改正という方法である。
すなわち、1987年の労基法改正により、週労働時間は段階的に40時間に引き下げられることになり、最低年休日数が引き上げられるとともに、年休取得を促進するために計画年休制が導入された。 その後、1993年の政令改正により休日労働の割増率が25%から35%に引き上げられている。
また、この間1992年には、時間短縮の環境整備のために時短促進法が制定されている。 1987年の労基法改正は、変形労働時間制を増やし、フレックスタイム制や裁量労働制を導入するなど、労働時間規制を弾力化した点に、もう1つの大きな特徴がある。
さらに、1998年労基法改正により、みなし時間制の対象となる裁量労働制について、対象業務が拡大されるとともに、労使委員会という新たな従業員代表機関が設置されることになった。 前者は、労基法の対象とする労働者のイメージの変化、あるいは労働者の働き方の評価方法の変化といった新たなテーマに関係している。
また後者は、企業内従業員代表機関の機能とその法的規制について新たな議論を提起している。 こうした労働時間の改正問題をどうみるかについても、後に詳しく論じたい。
終身雇用モデルは、実際には、第2次大戦終了直後の、労働立法華やかなりし頃にはまだ社会的実態として定着してはいなかった。 これが日本の雇用横行の中心的な形態として確立したのは、高度成長期であるといわれる。

しかし、終身雇用制という慣行が徐々に定着していくプロセスでは、労働契約をめぐる裁判の動向や労基法の解釈の傾向が、終身雇用制を後押しする形で展開していった。

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